こんにちは。
熊本地震の発生から4か月がたちました。震度6以上の揺れを短期間で7回も記録したこの地震は、熊本を中心に甚大な被害をもたらし、「想定外」という言葉で連日報道されました。
余震もようやく収まりつつある最近ですが、実は今、この想定外の地震によって建物の「耐震基準」が揺らいできているということをご存知でしょうか。
今回は、意外と知られていない耐震基準についてお話したいと思います。
目次:
↓新耐震基準でも倒壊…熊本地震・益城町「想定外」の被害状況・まとめ
益城町では新耐震基準の家が99棟も倒壊していた!
国土交通省及び国立研究開発法人建築研究所は6月30日に「第2回 熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会」を開催。そこで、現時点における建物の被害状況が報告されました。
議事録によると、熊本県益城町中心部で調査を実施し、調査対象となった旧耐震基準の木造建物702棟のうち225棟が倒壊。新耐震基準の建物も1,042棟中80棟、益城町中心部周辺も含めると99棟が倒壊していることが明らかとなったのです。
益城町中心部における木造建物の建築時期別倒壊数
建築時期 | 全体(棟) | 倒壊(棟) | 倒壊率 |
---|---|---|---|
~1981年5月 (旧耐震基準) |
702 | 225 | 32.1% |
1981年6月~ (新耐震基準) |
1,042 | 80 | 7.6% |
※第2回 熊本地震における建築物被害の原因分析を行う委員会議事より
こうして見るとやはり旧耐震基準で建てられた建物は地震に弱いことが分かりますね。
この時期以前に建てられた建物には早急な耐震補強をオススメします。
そしてさらに注目なのが新耐震基準の建物です。旧耐震に比べて倒壊の絶対数は少ないものの、ゼロではない。これはつまり「新耐震基準なら大丈夫」という大前提がもはや通用しないことを意味しているのです。
そもそも耐震基準って何?耐震基準の生まれた背景。
ここで、耐震基準とはそもそもどういったものなのかを確認しておきましょう。
元々建物は「震度5強の地震で損傷しない」程度を基準として建てられていました。
これがいわゆる旧耐震基準です。そこへ1978年、宮城県沖地震が発生します。この地震により、旧耐震基準で建てられた建物の多くが倒壊。大きな被害が出ました。
1981年、宮城県沖地震の教訓を踏まえ建築基準法改正、「震度6強から7の揺れに見舞われても倒壊や崩壊を防げるだけの強度」である新耐震基準が用いられるようになったのです。
旧耐震基準と新耐震基準で大きく変わったのは、建築物に最低限必要な壁量、「必要壁量」です。旧耐震基準に比べて新耐震基準では 必要壁量が1.4倍に増加し、さらに頑丈な建物が建てられるようになりました。
ところが1995年に起こった阪神淡路大震災でまた、新耐震の木造住宅に被害が続出します。
新耐震基準をクリアするために壁量を増やそうとするあまり、設計上のバランスを欠いたことが原因の一つとなってしまったのです。
このため2000年に新耐震基準へさらに磨きをかける形で、「壁の配置の仕様」や「柱と梁の接合金属」を厳格・明確にした新・新耐震基準※が出来ました。現在建てられる建物にはこの新・新耐震基準が適用されています。
※1981年改訂の新耐震基準と区別するために2000年改訂の基準を一部で新・新耐震と呼んでいます。
新耐震基準はどうして熊本地震に耐えられなかったのか。
熊本地震で倒壊した建物の多くは旧耐震基準のものでしたが、新耐震基準の建物も倒壊してしまったというのは前述した通り。中には新・新耐震基準で建てられたにも関わらず倒壊した建物もありました。
新耐震基準で倒壊したものは、筋交いの接合が不十分であったなど、接合部の破損が倒壊の原因になったと見られています。前述の益城町中心部における調査でも、新耐震基準の倒壊建物99棟のうち70棟の接合仕様を確認し、その中の51棟(72.9%)が、接合仕様が不十分であったと報告されています。では、接合部使用を強化した新・新耐震基準であっても熊本地震に耐えることができなかったのは一体何故か。
冒頭でも触れましたが熊本地震が想定外と言われる所以は、震度7の揺れが2回も発生したという、これまでにない頻度の揺れです。単発の大きな地震には耐えられる設計でも、繰り返し大きく揺れることは想定されていなかったのです。
弊社でも熊本地震以降に現地調査を行い、倒壊建物の状況を確認してきました。
【益城町安永地区】1995年~2000年の建物(新耐震基準)と思われる。4月14日の震度6強ではほとんど損傷はなかったものの、4月16日の震度7で倒壊※。柱、梁の接合金物が簡易なものであったためそこから損傷したか。
※テレビ報道による
【益城町木山地区】右は1995年~2000年の建物(新耐震基準)。桟瓦の落下、壁のクラック程度の損傷で済んでいる。一方左の建物は1981年以前の建物(旧耐震基準)。開口部が多く、倒壊している。
【益城町木山地区】1985年頃の建物(新耐震基準)。屋根の瓦がほとんど損傷し、内部も壁のクラック割れしている。家具の転倒も激しい。屋根を替えたとしても内部がかなり崩壊しているため住むのは困難。
【益城町木山地区】1981年以前の建物(旧耐震基準)。屋根は鋼板葺き、基礎は無筋コンクリート、接合部はボソ差し、カスガイ程度。4月14日の震度6強で大破していたと考えられる。4月16日の震度7で完全に倒壊。
【益城町安永地区】1981年以前の建物(旧耐震基準)。耐震性の無いお風呂・洗面所部分のブロック壁が崩れていた。水回りに多いブロック壁が地震に対して弱い部分であることが分かる。
その他現地調査の様子はこちらから。
>熊本地震での木造住宅への被害状況
新耐震基準でも倒壊…
熊本地震・益城町「想定外」の被害状況・まとめ
これまでの耐震基準が震災を経験する度に改定を重ねてきたように、この熊本地震をきっかけとして現行の新・新耐震基準が見直される可能性は多分にあります。
将来的に防災性能の高い建物が作られていくのは喜ばしいことですが、まずは、すでに建っている建物の耐震化を地道に進めていくことがなによりも大切です。
旧耐震基準で建てられた家に住む方はもちろん、それ以外の「自分の家は大丈夫」と思っている方も、今回のような想定外の災害が発生する昨今です。
思い込みや先入観は早々に払拭して、すぐにでも耐震化に取りかかることをおすすめします。
いつ起きてもおかしくない首都直下型地震や南海トラフ地震では、想定外の被害を少しでもなくせるように。
弊社もできる限りのサポートで皆様の安全をお守りできるよう、頑張ってまいります。